日常のトピ

たまにどヘタ漫画

カレー対ハヤシライス

 

涼しくなってきましたね。蝉の死骸を華麗に避けて歩く毎日です。先日、棚を整理していたら、大学生の頃に書いた小説が出てきたので、アップしてみようと思います。アップするかどうかさんざん迷ったのですが、せっかくブログをやっているので、あるものはどんどん出していこうと思います。嘘偽りなく時間に余裕のある人は、ゆっくりしていって下さい。

 

 

 僕の名前は香辛料一。これでもかという程に、あからさまな悪ふざけである。普段は、小さなインド料理屋でアルバイトとして働いている。巷では、「インド料理はスパイス料理」と言われている。スパイスときたらヘイ旦那、僕の名前を見てごらんなさいよ。僕はどこにも逃げられない。逃げる気力もとうに失せた。隔週で泣き寝入り。

 

僕は主に、ホール係として働いている。「お客様にとっての快適な空間を仲間と共に創り上げ、維持・発展させていくことが私達の使命」という文言が、ホール係の背中に彫刻刀で彫られている。もちろん、ただの冗談だ。

 

僕は客の応対はもちろん、グラス磨きやゴミ出し、清掃などの様々な仕事を一所懸命にこなしている。そんな僕のささやかな楽しみが、店内のBGMの選定だ。客がおいしい料理をよりおいしく感じてもらえるように、心を込めて、曲を選ぶ。

 

曲はその日の天気、気温、時勢などを考慮に入れて選ぶようにしている。僕の好みがそのまま曲に反映される。僕は昔の曲が好きなので、主に七十年代の曲をかける。いとしのエリー愛のメモリーなごり雪木綿のハンカチーフなどなど。

 

数ヶ月前に、アリスのチャンピオンをかけた時には、店長に注意された。以下が回顧録。「やいやいやい、香辛!どうなっているんだこの曲は!」とサントーシュ(店長)。「へ?どうしたんですか店長。なにか問題でも?」と僕。「どーしたもこーしたも、家と家との境界線もないよ!なんでこの曲をかけた!」「この曲大好きなんですよ。それに、家と家との境界線が明確になっていないとトラブルが・・・」「そういう事を聞きたいんじゃないんだよ!チャンピオンみたいな熱い曲をかけてみろ!お客さん同士のいざこざを誘発するおそれがあるだろ!」とサントーシュはナンを丸形に整えながら言った。インドでは丸形のナンが一般的である。

 

「そんな心配をする必要はないと思いますけどね。ほら席をご覧なさい」と僕はテーブルを指さした。サントーシュは席の方角に目を向けた。客は一人もいなかった。「・・・わかった。でもね、香辛とやら。料一とやーら。次からはもっとスローテンポで、それでいてお客さんの身も心も、鮭の切り身でさえもほぐすような音楽にしてくれたまえ。とにかく、あんまりいかつい曲はダメだ。わかったね?」とサントーシュは言いながら、丸めたナンを口に放り込んだ。だから太るんだよ。

 

「わかりました。以後、気をつけます」と僕はガラにもなく、なめくじのようにしおらしく言った。これ以上話を長引かせるのは得策ではないと思った。そして、そう思えた自分を、とても誇らしく感じた。

 

以上が数ヶ月前に起こった事の顛末である。しかし、店の客層は四十代と五十代が中心であり、いつも穏やかな空気が店中に溢れている。店長が危惧するような客同士のいざこざなんて想像すら出来ない。しかも、客のほとんどは日本人である。なぜだろうか。

 

店名が原因としか考えられない。ヒンディー語で書かれた店名を検索にかけたら、「脇がかゆい」と出た。どう考えても、その時の店長の心情をそのまま反映しているだけである。万が一、試行錯誤の上にこの店名が編み出されたのであれば、いよいよ店長が危ない。

 

以上のことから、本来メインの客層になるはずのインド人の姿が皆無である。そして、当然のごとく、店内は日本人一色になる。もちろん、店名の意味は口が裂けても言えない。しかし、口裂け女だったら言える。あいにく僕は口裂け女ではない。とても残念に思う。

 

「お~~~い香辛、ちょっと来てくれ」と店長の気色悪い声が聞こえてくる。「何ですか?休憩時間なんだから、自由にさせて下さいよ」と僕。「悪いなぁ。ちょっとばかし立て込んでいてね」とサントーシュ。「ところでお前、カレーは好きか?」「は?」僕は鳩が豆鉄砲を喰らう寸前で華麗にかわした瞬間に浮かべる表情を想像した。憎たらしいことこの上ない。

 

「カレー好きか?」サントーシュは同じセリフを繰り返した。「そ、そりゃあ、僕もインド料理店の店員ですから、当然好きですよ」と僕は事も無げに言った。「ふーんそう。じゃあ、カレーとハヤシライスだと、どっちが好きなんだ?」僕はサントーシュの言葉に激しく動揺した。「な、なんでカレーとハヤシライスを比べなくちゃならないんですか。おかしいですよ」

 

「お前さん、あくまでもしらばっくれるつもりだね」「・・・なんの事ですか?僕にはさっぱり・・・」「いい加減にしろ!もうネタは上がっているんだ!お前がお客さんにカレーを持っていく時、『カレーですか。そうですか。僕はカレーよりも、ハヤシライスの方が遙かにおいしいと思いますよ。僕はカレー天国に行くくらいなら、ハヤシライス地獄に行きますよ。えぇ決意は固いですよ』とかなんとか触れ回っているだろ!なにを考えているんだお前は!さぁ答えろ!」チッ、ばれちゃしょうがねぇ。

 

「・・・カレーなんざ、好きじゃないんだ」と僕は本心を打ち明けた。「なんだと?」「カレーの横暴が気にくわないんだ!なぜそんなにでかい顔をして日本の食卓に鎮座しているんだ!『カレーは国民食です』とかなんとか言いやがって。冗談じゃない!ハヤシライスのうまさを知らないはずがないだろう?なのに、馬鹿の一つ覚えみたいにカレー一辺倒で攻めて来やがる。それに、『インド人もびっくり!』ってあれどういう事だ?『あのインド人でさえもびっくり!』というニュアンスを感じさせるぞ!『普段は穏やかで懐が広くて、些細な事では動じないインド人でさえも驚いた出来事。それは・・・』カレーだよ!こんなにも日本にカレーが根付いていることにびっくりだよ!そう思わないか?お前も!・・・まぁお前はなにも感じないだろうな。なにせ、お前の名前である『サントーシュ』の意味は『満足』だろ?『お客様に美味しい料理をお出しして、お客様の笑顔を見ることが出来たら私は満足です』ってか?しゃらくせぇっ!肌がむず痒くなるぅ~。以上だっ!」

 

「・・・わかった」サントーシュはそう呟いた。いつになく物分かりが良いな。やれば出来るではないか。「いいこいいこ」してあげようかな。「ならばお前はインドに行け!」「は?」何を言っているんだコイツは。「カレーが日本に根付いていることが気にくわないのであろう?ならばお前はインドへ行き、お前のハヤシライスをインド人にぶつけてみろっ!フッ、まぁお前のことだから、すぐに尻尾を巻いた後にその先端を食いちぎって息絶えるだろうがな」とサントーシュは競馬新聞で鶴を折りながら言った。しかし上手いな鶴。

 

「・・・わかった。インドに行ってやる!僕のハヤシライスがインドの方々のお口に合うかどうか試してやるっ!」「何をあからさまにインド人に気を遣っているんだ!早すぎるだろっ!まぁいいさ、せいぜい頑張りな。無駄な努力だと確信しているがな」「はっ!言ってろ満足太郎め!僕は僕のハヤシライスを信じている。今までお世話になりました。あばよっ!」こうして僕は「脇がかゆい」を後にした。

 

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