日常のトピ

たまにどヘタ漫画

『文系の壁』 養老孟司

 

「理系は言葉ではなく、論理で通じ合う」「他者の認識を実体験する技術で、人間の認知は進化する」「細胞や脳のしくみから政治経済を考える」「STAP細胞研究は生物学ではない」…。解剖学者 養老孟司が、言葉、現実、社会、科学研究において、多くの文系の意識外にあるような概念を理系の知性と語り合う。工学博士で小説家の森博嗣、手軽にバーチャルリアリティが体験できるデバイスを考案した藤井直敬、『なめらかな社会とその敵』の著者・鈴木健大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した毎日新聞記者・須田桃子。「前提」を揺さぶる思考を生む四つの議論。「BOOK」データベースより。

 

本書は、解剖学者である養老孟司さんが、4人の理系人(と呼んでも差し支えのないであろう人)と「文系の壁(及びその周辺の様々な事象)」について語り合った様子を収めたものです。世間一般の人達が様々な場面で感じる「文系の壁」を、広大な知識を背景にして、鮮やかに解き明かしていく様は、圧巻の一言です。

 

文系と理系の違いを一言で表すのは難しいですが、文系は「表層を愛でて充足する」のに対して、理系は「深層を理解して充足する」のだと思います。図にするとこんな感じです。↓

 

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文系は、木に実った果実を見て、「この果実は良いな。使えそうだな」と感じるのに対して、理系は、木の根っこ(構造)に目を向けて、「こういうふうになっているのか。なるほどな」と感じるのではないでしょうか。あくまでも私の勝手な想像ですが。

 

また、「文系の壁」を強く意識しているのは、部外者の理系ではなく、当事者の文系なのだと思います。文系が「壁の陰」から理系の様子を窺ってみると、理系は目の前のことに夢中になっていて、文系の存在など歯牙にもかけない、という光景が頭に浮かびます。

 

よく、「理系の人間は冷たくて、理屈っぽくて、社会性に欠けている」という言説を見聞きします。「理屈っぽくて、社会性に欠けている」という部分は、ある程度当たっていると思いますが、「冷たい」というのはよくわかりません。冷たいと感じるのは、あくまでも受け手の印象であって、「印象の担い手」である本人の人間性とは無関係です。

 

理系の中でも、冷たいと感じる人と、感じない人がいます。その分類には、「職種」が大きく寄与するのだと思います。科学者などの「人間性を減じなければならない場面が多い職業」の人の場合、その人を冷たいと感じる割合は、他の職業の人と比べて、著しく高くなることでしょう。結局のところ、人間の印象や評価は、受け手のさじ加減一つで、大きく変わってしまいます(そこに救いがあるのも事実ですが)。

 

文系、理系に限らず、この世のあらゆる事象を明確に分かつことは不可能です。「はっきりとしたもの」など存在しません。存在するのは、「ぼんやりとしたもの」だけであり、そのぼんやりに目を向ける過程そのものが人生なのだと思います。

 

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