日常のトピ

たまにどヘタ漫画

『ペルソナ5』の発売延期について思うこと

 

東京ゲームショウ2015」において、ペルソナ5の発売延期が発表されました。ペルソナ5は当初、2014年の冬に発売が予定されていたのですが、それが2015年に延期になり、さらに今回の延期で2016年の夏になりました。いやはや、なんとまぁ。

 

ゲーム業界は、発売延期が日常茶飯事です。そのため、ゲームユーザーは、「また延期かよ。しょうがねぇな」というように、あきらめの境地に達しています。しかしながら本来、発売延期というのは「異常事態」です。

 

普通の会社の場合、「納期に間に合わないので、1年間延長させてもらいます」と取引先に告げたら、高確率で取引を打ち切られることでしょう。納期というのは約束です。人間の社会は、様々な約束事によって成り立っています。約束を破るということは、極めて不誠実な行為です。

 

もちろん、ゲーム会社側にも、発売延期せざるを得ない様々な理由があるのでしょう。「ゲームが100パーセント完成してから、発売日を発表すればいいのではないか」という意見もありますが、メディアや流通などの関係から、完成してから外部に働きかけるのでは遅すぎる、という事情もあるのだと思います。ゲームというのは、テレビやラジオのように「撮って出し」することができません。

 

しかしながら、外部の事情というのは、大した問題ではありません(部外者だから言えることですが)。一番の大事は、「ゲームユーザーを失望させること」です。ゲームの発売日(発売時期)が発表された瞬間から、ゲームユーザーは、「そのゲームを受け入れる素地」を整え始めるのです。

 

前述したように、納期というのは約束です。ゲームの発売日を明言するということは、ゲームユーザーとの約束を取り交わすということです。そして、発売延期という行為は、その約束を一方的に棄却する行為に他なりません。

 

話は元に戻りますが、ペルソナ5の発売時期が2016年に延期されたことで、「ペルソナシリーズ誕生20周年」という惹句を使用することが可能になります(「女神異聞録ペルソナ」は1996年発売)。この文言が実際に使用されるかどうかはわかりませんが、万が一使用された場合、彼の文言を目にするたびに、ゲームユーザーは暗澹たる思いになるのではないでしょうか。「所詮、『手垢にまみれた棚ぼた』でしょ」と。

 

ゲーム業界(とくに家庭用ゲーム)の衰退の要因は様々挙げられていますが、「発売延期体質」も、決して小さくない要因だと思います。ゲーム業界が今後どうなるかは全くわかりませんが、一ゲームユーザーからすると、改善すべき点は、業界の内部に無数に転がっているように思えます。

 

結局、何が言いたいのかというと、ペルソナ5の発売が楽しみで仕方がない、ということです。私 待つわ いつまでも 待つわ(byあみん)。

 

広告を非表示にする