日常のトピ

たまにどヘタ漫画

『ポケモン』20周年を振り返る 初代編

 

今月の27日で、「ポケットモンスター 赤・緑」が発売されてから20年が経ちます。小学生のときにポケモンに出会ってから、20代後半の現在に至るまで、相も変わらずポケモンが大好きです。私は、「○○が発売されてから、今年で□□周年」というくくりが大好きで、「□□周年記念」と称する商品には、ついつい食指が動いてしまいます。だからお金が貯まらないんでしょうねぇ(しみじみ)。

 

一応、ポケットモンスターシリーズは全てプレイしているので、それぞれのタイトルについてつらつらと書いていこうと思います。お時間に余裕のある方は、ゆっくりしていって下さい。

 

ポケットモンスター 赤・緑(1996年発売)

 

ポケモン赤・緑」が発売されたとき、私は小学生でした。発売直後は、クラスの中でポケモンをプレイしているのは2、3人でしたが、夏休みに入る頃には、クラスの半数(15人)以上がポケモンをプレイしていました。夏休みの間は、宿題をほったらかして、ポケモンの対戦に熱中していました。あのアホみたいにでかくて重い「初代ゲームボーイ」は、小学生の細腕にはキツかったです。

 

そういえば、「女神異聞録ペルソナ」も、ポケモンと同じ1996年の発売なんですよね。私のクラスでも、1人だけ、ペルソナをプレイしている人がいました。周りがポケモン一色の中、ペルソナに熱中する彼女に「それ面白い?」と聞いたら、彼女は「なんじょうくんがかっこいい」と言いました。そのときは意味がわかりませんでしたが、後年、ペルソナをプレイしたときに、その意味を深く理解しました。それにしても、小学校低学年でペルソナをプレイするとは、なかなかのおませさんですねぇ。

 

話はポケモンに戻りますが、対戦をする際には、「どのわざをポケモンに覚えさせるか」が最大の関心事でした。わざを巡っての派閥争いも激化しました。代表的なものでは、「かえんほうしゃれいとうビーム10まんボルト」派と、「だいもんじ・ふぶき・かみなり」派の争いです。前者は「安定派」、後者は「博打派」です。このどちらの派閥を選ぶかによって、その後の人生の趨勢が決まるといっても過言ではありません。もちろん私は博打派です。その結果は推して知るべしです。

 

その他には、フレンドリィショップの店員のセリフが強く印象に残っています。「そのほかに わたくしどもで おちからに なれることは?」というセリフが大好きで、なんの脈絡もなく、このセリフをよく口にしていました。このセリフには、「私どもは、あなたの力になりたいんです!」という思いがにじみ出ていて、聞く者の心に温かく響きます。これは想像ですが、フレンドリィショップは、「町のなんでも屋さん」的な役割も果たしているのだと思います。「多田便利軒」のように、大小様々な依頼が持ち込まれていることでしょう。

 

あと、初代ポケモンといえば、「バグ」に言及しないわけにはいきません。初代ポケモンは、そのバグの異常な多さから、様々な噂が飛び交っていました。私の最も印象に残っている噂は、「ポケモン図鑑を完成させると、オーキド博士はかいこうせんを覚える」というものです。この噂を耳にしたとき、3つの疑問が浮かびました。1つめは「オーキド博士ポケモンなのか」というもの、2つめは「オーキド博士ポケモンだとして、彼を捕まえることができるのか」というもの、3つめは「ポケモンとしてのオーキド博士はかいこうせんを覚える意義とはなにか」というものです。とくに、2つめの疑問には人道的な問題も絡んでくるので、かなり難しいです。

 

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ポケモン図鑑を完成させた後のオーキド博士の心情を察すると、「長年の夢だったポケモン図鑑も完成したことだし、もうやり残したことはない。どうせなら、最後は辺り一面を破壊し尽くして、綺麗に終わろう」といったところでしょうか。サトシが「マサラタウンにさよならバイバイ」したのも、オーキド博士が抱いている危険思想を察知したからなのでしょう。タブンネ

 

「『ポケモン』20周年を振り返る」というタイトルで書き始めたのですが、想像以上に長くなってしまったので、各世代ごとに分けて書こうと思います(「初代編」は後付けです)。ポケモンについて書くのは楽しいですね。時間に余裕のある方は、また覗いてみて下さい。それでは、今回はこのへんで失礼致します。

 

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