日常のトピ

たまにどヘタ漫画

『童貞の世界史』  松原左京 山田昌弘

 

非モテでも・異性に興味無くても・子孫を残さなかったとしても歴史に名前を残す事は可能だ。童貞だけでなく処女も含め肉体経験を得ないまま死去した歴史上の有名人82人を取り上げる(「BOOK」データベースより)。

 

本書は、「童貞のまま生涯を終えた偉人達」を羅列したものです。ただ、童貞というのは自己申告制なので、「状況証拠から見て、童貞と判断しても差し支えない人」を本書では童貞として認定しています。そのため、「本書で取り上げている偉人達=童貞」ではないので注意が必要です。

 

一口に童貞といっても様々であり、本書では、「性愛を生涯遠ざけた偉人のパターン」を8つに分類しています。以下がその通りです。

 

①性的魅力に乏しい、性愛に対して消極的

 

②性愛方面の欲求が乏しい

 

③性愛への恐怖感・嫌悪感がある

 

④肉体的に虚弱、健康上の理由

 

⑤宗教上の理由から性愛を遠ざけた

 

⑥自らの使命には妨げになると考えた

 

⑦家族間の関係が非常に密接であり、他者の入る余地がない

 

⑧早世した恋人に操を立てた結果

 

上記のパターンはそれぞれ独立したものではなく、互いに絡み合うものです。これらのパターンを見てみると、「童貞の多様さ」を実感せずにはいられません。人生いろいろ、童貞もいろいろ。

 

本書の中で最も印象に残った童貞は「役小角(えんのおづぬ)」です。役小角は、古代日本の山岳修行者であり、「一生不犯ノ男聖」と呼ばれた人物です。彼は、「鬼や神を使役した」「毎晩、雲に乗って飛んだ」といった、様々な伝説を残しています。最終的には、「虚空、あるいは唐に飛び去った」そうです。飛び去ったのが虚空か唐かはとても重要な部分なので、はっきりさせてほしかったです。

 

あとがきにも書いてありますが、本書に通底する考え方として、「童貞であることに思い悩む必要性はない」というものがあります。童貞であることをポジティブにとらえるかネガティブにとらえるかはその人次第であり、「童貞を捨てろ!」という暴力的で一方的な世間の意見に従う必要性は全くない、という主張には深く頷きました。

 

私見ですが、世間の非童貞(または非処女)が童貞を非難するのは、「童貞が底知れないから」だと思います。非童貞の場合、「女体という実体」がくびきになるので、収まるべきところに収まります。その一方で、童貞の場合、女体という実体がくびきにならないので、とどまるところを知りません。童貞が持つ「途方もなさ」を世間の非童貞は恐れているのでしょう。

 

非童貞が童貞に向ける視線は、既婚者が独身者に向ける視線と似ています。「結婚しろ!」「童貞を捨てろ!」と言う人の意識下には、「(自分が)理解不能な状態から理解可能な状態へとさっさと移行しろ!」という思いがあるのだと思います。童貞や独身をポジティブに保っている人からすれば、大きなお世話以外の何物でもありません。

 

本書の本懐は、「童貞=良くないものというイメージの打破」にあります。童貞に思い悩でいる人は風俗に行って童貞を捨てれば良いし、童貞に思い悩んでいない人は童貞と共にルンルン気分で生きれば良いのです。どちらが良くて、どちらが良くないという話ではありません。童貞か非童貞かというのは「ファッションの違い」であり、ファッションというのは、(他人に対して明確な害を及ぼさない限り)どこまでも自由なものなのです。

 

追記 不要な情報かと思いますが、私は素人童貞です。本書に登場する偉人達のように「生涯童貞を貫くこと」はできませんでしたが、「女体を貫くこと」はできたので、イーブンだと思います。

 

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