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福沢諭吉の『学問のすゝめ』 橋本治

 

超有名なのに、みんな実は内容をよく知らない、『学問のすゝめ』の魅力とは―自由とは?平等とは?明治政府って何やるの?天皇ってどんな人?藩と国はどう違う…?まだ庶民が江戸脳だった明治五年に出版され、当時二〇万部の大ベストセラーとなった『学問のすゝめ』。

列強侵略の脅威を一旦は免れたものの、その真の恐ろしさや近代化のなんたるかが全然わかっていない日本人に、諭吉は何を学べと言い、彼らを熱狂させたのか?当時の時代背景や、ことばの意味、諭吉の 思考回路もおりこんだ新感覚の解説本。そしてなぜ現代人も、時代の節目節目に、この本を繰り返し読んでしまうのか、その理由も明らかに!蒙が大嫌いな福沢諭吉の、蒙への愛まで伝わってくる、感動の講義録(「BOOK」データベースより)。

 

本書は、作家の橋本治さんによる「『学問のすゝめ』の解釈本」です。上記のデータベースの紹介文では「新感覚の解説本」と書いてありますが、「新感覚の解釈本」と書いた方が適切です。「この文章はこういう意味である」という断言をしているのではく、「この文章はこういうふうに読める」という推量をしているという点が重要なポイントです。文庫本などの巻末に収録されている「解説」の大半が「解釈」であるのと同じです。

 

『学問のすゝめ』という本に対して、「学問をすることで知識を身につけて、その知識を活かして金持ちになることを推奨する本」というイメージを持っている人も少なくありませんが、それは全くの誤解です。『学問のすゝめ』という本は「金持ちへの移行をすすめるための本」ではなく、「アホからの脱却をすすめるための本」なのです。

 

福沢諭吉という人は、「アホ嫌い」で有名です。「アホが高じると、なにをしでかすかわからない」という危惧の念を常に抱いており、『学問のすゝめ』の中でも、アホに対して嫌悪感丸出しの文章を書き散らしています。しかしながら、アホをアホのまま放置しないのが福沢諭吉福沢諭吉たる所以です。「お前ら、アホのままでいいのか!?アホでいるということは、こんなに危険なことなんだぞ!」ということを繰り返し書いて、アホの尻をばしばしと叩きます。そのため、本書を読んでいる間は、私の尻に「架空の痛み」が常に走っていました。

 

また、学問の「すゝめ」といっても、「この分野の学問をこの期間にこれぐらいやれば良い」という具体的なすすめ方は一切していません。とにかく「学問をしなさい」の一点張りであり、学問の仕方は各人が考えなさい、というのが福沢諭吉の主張です。この主張に対して、「学問をしなさいと言っておきながら、その具体的な方法を示さないのは不親切である」と思う人もいるでしょう。ですが、必要な学問というのは各人で全く異なるため、「万人に当てはまる学問のすゝめ」というものは存在しません。そのため、学問をすすめる方法も自然に抽象的になり、不親切になるのです。

 

しかしながら、不親切な態度が必ずしも悪いというわけではありません。不親切な態度というのは、時として親切に働くこともあります。「これをやりなさい、あれをやりなさい」といって親切にすると、相手の考える余地が少なくなり、相手の「人間の幅」をどんどん狭めていくことにもなりかねません。その一方で、不親切な態度で接すると、「どうすれば良いのだろうか」と相手は必死で頭を働かせることになり、結果として、相手の「人間の幅」が広がることもあるのです(もちろん、広がらないこともあります)。

 

牧歌的な時代ならば、「手取り足取り相手に教え諭す余裕」もあります。ですが、明治時代初頭という「あらゆる物事がひっくり返って、大わらわな時代」においては、「学問をしなさい!学問の仕方は各々が考えなさい!」という不親切な物言いに終始せざるを得ません。各々が各々の頭で考えなければ、明治という新時代になった意味も甲斐もないのです。

 

また、福沢諭吉は、「政府と距離を取り続けた人」でもあります。当代一の知識人である福沢諭吉には、「政府からのお誘い」が頻繁に舞い込んでいましたが、それらをいちいち突っぱねて、「私人であること」にこだわり続けました。「政府の人」として大上段から物を言うことも可能だったのに、「在野の人」にとどまって小上段から物を言うことに徹した福沢諭吉は、「草の根運動の人」として生涯を終えました。「在野目線」を心身に宿した福沢諭吉の物言いが詰まった『学問のすゝめ』は、明治人にも現代人にも未来人にも、確かな支えになり得る力を有しています。

 

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